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岐阜街道と笠松町の史跡

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美濃郡代笠松役所跡・笠松県庁跡
江戸時代、笠松には陣屋(役所)が置かれ治水、裁判などの仕事を行った。 慶応4年(1868年)に美濃国の一部が笠松県となり、陣屋跡に笠松県庁が置かれた。 明治4年(1871年)岐阜県庁となり、明治6年(1873年)岐阜市に移転されるまで 岐阜県の行政を行った。

岐阜街道笠松

笠松町は、古くから木曽川の水運に恵まれ交通、経済の要衝として発展し、 美濃郡代笠松陣屋、県庁などが置かれ本県政治発祥の地として 栄えた町。
木曽川を渡り笠松渡船場に着くと笠松渡船場石畳を上る。 大八車の車輪が道に食い込まないように、大きな石を敷いて地面を固くしたもの。 現在の石畳は、明治11年の明治天皇御巡行の時に改修されたものだ。 坂を上りきった所にある京みちの道標は、 旅人のため天保四年(1833)に庄屋高島久右衛門により 建てられた道標を町制百年を記念して復元したもの。
西本願寺笠松別院前を通り笠松の町へ入る。笠松町歴史民俗資料館を西に入った所にある 盛泉寺の境内にある大イチョウは推定樹齢約450年、秋になると実をつけ葉をつけた姿はとても勇壮だ。
笠松町歴史民俗資料館前をすぎ上本町へはいる。 法伝寺の参道を左手にみて、右手に路地を入ると真宗大谷派の寺院、福證寺がある。 北側には笠松町役場の建物が見える。 役場の北に美濃郡代笠松役所跡・笠松県庁跡がある。 江戸時代、笠松には陣屋(役所)が置かれ治水、裁判などの仕事を行った。 慶応4年(1868年)に美濃国の一部が笠松県となり、陣屋跡に笠松県庁が置かれた。 明治4年(1871年)岐阜県庁となり、明治6年(1873年)岐阜市に移転されるまで 岐阜県の行政を行った。
上本町で岐阜街道は左手に曲がり再び右に折れ北へ向かう。 しばらく進むと左手に鮎街道の碑と笠松問屋場跡が見える。 岐阜の城下を治めた尾張藩は、長良川で捕れた鮎を「鮎鮨」にして将軍家に 献上した。この鮎鮨を運ぶ道として使われていたのが岐阜街道。 いつの頃からか「御鮨街道」と呼ばれるようになった。
さらに進み上新町の真教寺を左手に見て名鉄竹鼻線を越えて岐阜市へと進む。

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投稿日2013.03.15 再生回数 再生時間00:00:00
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